9月9日。
つまり、おとといのことだ。
夜、電話がかかってきた。
そのとき、僕は寝ていた。
何度か着信があったのは夢見心地に覚えている。そして、そのどれにも出られなかったことも。
前の晩に徹夜して原稿を書きあげていたこともあって、僕は疲れていた。
ようやく僕が目を覚ましたのは、もう、夜の11時になろうかという時間だった。
夕方から、5時間くらい寝ていたらしい…。あと数時間したら、鍼の先生が来る時間だ。
そう思うと、なんだかアンニュイな気分になってきた。
その前に、何をしておこう。
部屋のそうじ、先にフロもすませておきたい。
仕事のメールも、何件か、気になるものにまだ返信できないでいた。
そんなことを考えていると、だんだん目が覚めてきた。
「…そうだ。それで、電話の着信があったんだった。」
仕事で棚上げになっている用件に思いを巡らせている間に、印刷会社から報告を受けていた、セミナーテキスト発送についてのトラブル報告のことを思い出した。
そして僕は、寝ている間に電話が鳴った体験のいくつかを思い出した。
その記憶の中には、発信元を確認してから放置したものもあれば、発信元を確認しないまま、着信音だけを聞きながらまた寝入ってしまったものもあった。
「とにかく、電話の着信を調べてみなくては」
そう思った僕は、着信の内容を調べてみた。
まず、印刷会社からの着信が二件あった。
これは、前の晩に聞いていた、発送トラブルの件だろう。。あとまわしだ。
鍼の先生からも、着信があった。
これは…。何だろう。
そして、N子からの電話もあった。
N子は、もう二年来になる仲の良い友人だ。
ときどき会って飲むと、全身のエネルギーをぶつけて、さいきんの自分について話してくる。
先週会ったばかりだか、そのときには、「最近は、中国語と風水にハマっている」ということだった。
僕は、彼女の顔と、会う度に感じる全身からわき上がるオーラのようなものを思い出した。
こっちのほうが気になる。そうしょっちゅう連絡をしてくるような子ではない。
彼女がわざわざ電話をしてくるということは、何かあるに違いない。
留守番電話も入っていたみたいだけど、聞くのはあとまわした。
メールのほうにも何か彼女からの履歴があるかもしれない。
僕は、とりあえず、先にメールの着信を調べてみた。
暗い部屋の中で、iPhoneのメールをスライドしながら確認していく。
するとやはり、M子からのメールがあった。
中身は、こんな感じだった。
こんばんは。
今日は重陽の日ということで、今日やるとよいことを風水で聞いたのでお電話してみました。
「今日」と言ったら、もうあと1時間しかないじゃないか。
そう思った僕は、とりあえず起き出して、小さめの灯りをつけて、彼女に電話をかけた。。。
思えば、それがすべてのはじまりだった。
もしも、彼女からあの日の電話がなかったら。
僕があの晩目を覚ましたのが夜の12時を過ぎた時間だったら。
彼女からのメールに、何らかの事情があって気がつかなかったら。
彼女からのメールへの返信どころではなく、他の用件にかまけていたら。
もしそうだったとしたら、今日これから僕が書くような出来事は、決して起こらなかったろう。
…と、たまには、私小説風の書き出しでブログを書いてみました。
ジーザス小川です。こんにちは。
この調子でいっきに短編小説でも書き上げてしまいたいのですが、今日は朝8時から打ち合わせがあって、時間もないのでこのへんで (^^;
※僕の、かつて書いていた私小説風エッセイは、個人サイトにあります。。ご興味があれば、こちらもどうぞ。
2001年ごろ、長期入院していたときにヒマをもてあまして書いていたものです。
http://www.konesite.com/pasado/index.html
まあ、そんなわけで。
9月9日は、「重陽の日」という、風水でいわれのある日なのだそうです。
○この日中に、水に流したいことを、紙に書く
○翌9月10日の朝5:52までか、夜18:00までに、未来の自分について、現在形で紙に書く
○それらの紙を、9月10日中に、川に流すか、火をつけて燃やす
とすると良いのだとか。
ということで、さっそく、やってみました。
ちょうど、「感情的に解決させなきゃ」と思っていた、気になる過去の体験のことをが最近表面化してきていて、ちょっと悶々とする時期でもあったんですね。
「このタイミングでこういう話が来たというのは、今解決できるということだろう」
そんな感じがしました。
問題というのは、解決できるタイミングで表面化するものです ヾ(´ー`)ノ
残り数十分という時間、ひたすら、A4のコピー用紙に、「水に流したいこと」を書いていくと、2枚くらいまるまるの分量になってしまいました。
イヤな目に遭わされたこと、イヤな目に遭わせてしまったこと、強い影響を受けていると感じられる過去の体験…。
入院中に使われた薬のせいで今も体に残っている副作用のこと…。
でも、これ、すごく良かったです。
「これから水に流す」というつもりでイヤなことを紙に書いていくと、それだけで解決になるものですね。
そして、「未来の自分について、現在形で紙に書く」
これは、夕方17時20分くらいから、部屋の灯りを最低限まで暗くして、ひたすら書き上げました。
そして夜。
さいきんマイブームのゴーヤチャンプルーを食したあと、小田急線に乗って、登戸まで行ってきまして。
多摩川に、紙を流してきました。
河川敷の川べりにころがっている大きな石の上に乗って、コピー用紙を一枚、一枚、水に流していきます。
これをやると、また不思議な気分でした。
本当に、「水に流したいこと」を書いた紙を水に流すと、あまり思い出したくない体験についての記憶や感情が遊離して、その紙に乗って流されていくような感じがしてくるんですね。
セラピーのセッションなんかでも、感情的なわだかまりを解決させるために、道具に対して感情をぶつけながら相対したり、イスの向きを変えたりといったことをしますが、あの感覚に似ていました。
「カラーセラピー」
ならぬ、「川セラピー」という感じでしょうか ヾ(´ー`)ノ
セラピーは、こういった儀式的要素が加わると、強い効果が出てきますね。
そして、川の流れに消えていった紙を見つめていたあと、僕は、しばらく、そのまま川べりに座り込んでいました。
もう秋の空気になっていまして。
コオロギの鳴き声を聞きながら、縄文時代とか、もっと前の、まだ人間がいない時代のこの川のことなどを、ぼんやりと考えていました。
僕は、地球に生まれ、生きていて、幸せものです ヾ(´ー`)ノ
で、思ったんですけど。
川の浄化作用って、やっぱり、すごく大きいですね。
人の心がわだかまり感情を解放すると、その感情がすぐに流されていくのが感じられました。
「重陽の日」に限らず、必要に感じることがあったらまた、機会をみて、同じことをするために多摩川まで行きたいと思います。
これ、やってみると分かりますが、とっても効果があります。
あなたも、機会をみて、ぜひどうぞ。
○この日中に、水に流したいことを、紙に書く
○翌9月10日の朝5:52までか、夜18:00までに、未来の自分について、現在形で紙に書く
○それらの紙を、9月10日中に、川に流すか、火をつけて燃やす
もう打ち合わせの時間なので、今日はこれにて。
今日は、この打ち合わせのあと、定番の「エクセルマクロ初中級速習コース」です。
http://www.exvba.com/sokushu.php
その罪を、水に流しなさい – ジーザス